WSTマイス in 山陰-山陽鉄道の旅

梅田のホテルで一晩過ごした後、大阪駅へと向かう。

東海道山陽新幹線・広島市内編

一夜明けて朝。

『ほなチェックアウトしますねん』
雨戸を閉めたままので朝か夜なのかはっきりしない。

大阪駅おっとその前にレンズキャップを買うためにヨドバシへと向かう。
特急やくもの車内で落して以来ずっとレンズが裸ん坊なのだ。
その日は射手座EXの発売日だったが、11時過ぎてもヨドバシの店頭に並んでいた。
何んだったんだあの異様なネット予約騒動は。店頭購入余裕じゃん。
勿論ネット通販で確保してあるし、荷物になるので買わないで店を出る。

そして、小腹対策に新大阪駅で駅弁ゲット。

炭火焼風…。

マクドナルドにして然り、写真はイメージであって中身とは違う。
しかしなかなか美味かった。

そして700系のぞみに揺られて辿り着いた先は、
名物路面電車。
また着たよ広島。
何かと遺恨はあったし何よりも暑くてクーラーの無い家にいたくなかったのでふらっと広島に出て来てみたのだ。

前回は駅ビルで広島焼きだけ食べて帰ったが、実は管理人、今まで30年余り生きてて広島の地は未踏。素通りはしても一度も観光で訪れたことは無かったのだ。

そんな管理人がまず真っ先に向かったのは、

世界文化遺産遺産、原爆ドーム。


ここで説明する必要がないぐらい有名な建物だ。
国籍を問わず多くの観光客でにぎわっていた。


内部を見てみる。
勿論中は立ち入り禁止。


爆心地の近くにありながら全壊しなかったのは凄いと思う。
色々な条件が重なって全壊を免れたのだという。



そして平和公園。
結構な人で吹奏楽の演奏などが行われていた。何かの式典があったのだと思う。


原爆死没者慰霊碑。
今も献花する人と祈る人が絶えない。

そして広島平和記念資料館。

何と入場料は50円だった。

土曜日だったからか中はかなりの混雑で、多くの外国人観光客が訪れていた。
内容はここで説明するまでもないが、どうして太平洋戦争は始まったのか、どうして原子爆弾は投下されたのか、投下した後どうなったのか、その後の復興と歩みが示されていた。
特に等身大人形は鬼気迫る勢いだった。だが撤去予定なのだと言う。
最後に、ここを訪れた世界各国の著名人のコメントが寄せられていた。

出て来た感想はこの一言に尽きる。

『………核兵器を使用すると、一体どうなるかと言うことであるな…』
資料館はその事実を静かに訴えている。


『…二度とそう言った悲劇が起こらないよう祈るばかりだ…』
その一言に尽きるが、昨今の中東の情勢も不穏だし、今後どうなるかはわからない。
何よりも、原爆投下に対するアメリカ政府からの正式な謝罪は未だに無い。
彼らにとってそれは正義で、原爆投下は止むを得ないことだったからだ。

出た頃にはすっかり日が傾いていた。

西日が神々しい。

見とれていたら蚊に三ヶ所ばかり刺された。

『ぼんやりしているからだ』
奴ら、警戒している時は来ないので本当に隙を突かれる。


夕方の原爆ドーム。


『被爆国だからこそ、核兵器の使用は絶対に反対だと言い続けたいものだな』
そして今後自分達が異民族、異国民、異宗教の人間に同じ仕打ちをしない保証があるだろうか?


正義とは一体何なのか、原爆投下は一体なんだったのか、そして自分達は一体どうなって行くのか、自分達はどうすべきなのかを考えさせられる時間だった。

原爆ドームを後に、広島駅へと移動する。

お好み焼き屋台の集合したビルがあると広島に出張に行った人に聞いたので行ってみる。
駅前の通りを挟んではす向かいぐらいだった。
皆似たようなお店だが、客引きが凄くて結構困惑した。
で、適当なお店で適当にお好み焼きを食べて出て来たが、後日聞いたら広島駅前の方ではなく八丁堀方面だと言う。

ともあれ、

腹拵えをしたら今度は岡山方面に移動。
おお、こんなところにも柳井の金魚提灯侵蝕中。

三原駅/ホテル編

で、着いた先は、

三原!
何故三原かと言うと広島市内で宿を取れなかったからだ。
一説によると広島市街地はホテルが極端に少ないとも聞く。
後はインターハイなどの会場が近くにあって、選手の学生さんとかが一気に泊まり込むからじゃないのかなと邪推している。


三原駅と私。


『…何で三原…』
宿が取れたのがそこなのだ。

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