SNSから離れていた理由について

しばらくSNSから離れていました。
理由について、ようやく言葉にできるようになったのでまとめておきます。

結論から言うと、私はSNSに向いていない人間でした。


■ SNSの反応が「自分の価値」になってしまう性質

私は昔から、創作が自分の存在そのものでした。
家庭環境の影響もあり、愛されている実感や、「ここが自分の居場所だ」と感じられる基盤がほとんどありませんでした。

そのため、絵や作品を作ることが、唯一の「自分の証明」でした。
そしてSNSは、私にとってその証明を周囲に見せるための場所になっていました。
だからこそ、反応がそのまま自分の価値に感じられてしまったのです。


■ SNSが突きつけてくる「才能の見える化」

SNSには本当に素晴らしい才能を持つ人がたくさんいます。
それ自体はすごく良いことのはずなのですが、
私の心には「所詮お前はこの程度」「お前の作品は相手にされない」
と突きつけられているように感じてしまいました。

本当はSNSはただのプラットフォームなのに、
私にとっては生存証明の戦場のようになっていました。

だから、私は自分で自分の作品を貶めて

「私は分をわきまえています、どうか傷つけないでください」

と命乞いのような言葉を並べてしまったこともあります。


■ 「SNSに全てを賭ける」という危うさに気付いた

他に居場所を作る方法を知らず、
人にも頼れず、誰かを信用することも難しくて、
SNSに自分の存在の基盤を置くしかありませんでした。

5年ほどその状態で戦い続けた結果、
ついに限界が来て、心が燃え尽きてしまいました。

SNSは本来、ただの場所であり、
承認欲求を刺激する仕組みがあるだけのものです。

存在を証明したいなら「もっとすごい作品を」と要求してくる、
ある意味ではとても冷酷なシステムだったのだと、今は分かります。


■ 今は、自分が何を好きで創作してきたのか分からない

燃え尽きて何も分からなくなっています。
創作の方向性も、何が好きだったのかも、
SNSと結びついてしまったせいで見失いました。

ようやく、その苦しみを言葉にして外に出せるようになった段階です。


■ 今後について

またSNSに戻るかどうかは、正直分かりません。
元気になれば何事もなかったように戻るかもしれないし、
戻れないかもしれません。

今はただ、心を休めて、
「創作って本当はなんだったっけ?」
というところを探し直している状態です。

巷にはNanoBananaなど凄い画像生成AIが出てきているので、
「自分のやっていることなどAIで全て一瞬で簡単にできる」
「自分程度の創作はAIに淘汰される側。最早やる意味はないのでは?」
の自問自答と、創作への虚無感に苛まれている状態です。

もし、私の更新を待ってくださっていた方がいれば、本当にありがとうございます。
Xなどでフォローしてくださっている方はフォロー整理などはお気になさらず、各自ご自由になさってください。

Xの自分のアカウントを見るのが怖くてコメントの返信ができなくて、本当に申し訳ございません。


最後に

これは弱さではなく、
長くひとりで戦ってきた人間の「正直な記録」です。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
少しずつ、自分のペースで歩いていければと思います。

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