ラダマイスの奇妙な旅行。

ラダマイスin波照間

四日目


波照間滞在二日目、滞在先の民宿でくつろぐラダ様。
朝一の風が結構気持ち良いのである。
それにしても適当なクッションだなあ…。

背景の屋根が南国情緒。

初めての旅行でやや緊張されておられる様子。
嘘です。去年の粟国島にも参加していました。その当時は全く撮っていませんが。
ラダマイスもまさかここから10年以上に亘り、日本は疎か海外にまで引っ張り回されることになろうとは夢にも思わなかっただろう。

因みにここの宿、風魔の小次郎と☆矢の文庫本が置いてあった。
最南端の地で冥界編を読めるだなんて。ラダマンティス様にお会いできるだなんて。

さあ、今日も泳ぐぞ!

準備もそこそこに、朝9時から大泊の浜へ直行。
現地での梅雨入りが懸念されたが、運良く連日晴天に恵まれた。
ありがとう、飛行機の後ろの席に座っていた大阪のおばちゃん達!

なかなか風光明媚である。

そして早速ラダ様を撮影。

お天道様の下でマイス撮影はこれが初めて。

見よ、ピントが合わねえ!
マクロモード撮ると背景がボケるのでいや。引きで撮る勇気もない結果がこれ。

人がいないので頑張って引きに。

まだボケてる。
「あまり大きな写真で公開せんとってえや」
何故、当時の写真が小さいのかと言うと、ピンボケを誤魔化すためでもあったりする。


やっと落ち着いて来た。


南国情緒。

これが一番うまく撮れている。

コンデジはピント絞りが甘いのでまあまあ背景も映り込む。
一眼レフはボケが命と言わんばかりにやけくそにぼかし込む。ちくしょう、精進あるのみだ。


ヤシだろうか、可愛らしい苗があった。

さあ、また泳ぐぞ。

ここ大泊はあんまり人気のある浜ではないようだ。

まあ、海に入ってみたらわかる。


魚もあまりいない、サンゴもない、こんなカットばっかりだった。


このヤシの上にラダマイスを置けば良かったと今更ながら後悔。

大泊もそこそこに自転車で他の場所へと移る。

泳いで自転車、着いたらまた泳いで自転車の一人トライアスロン状態。

こちら、八重山屈指の美しさを誇るニシの浜ビーチ。
人がいるのでラダマイス撮れないじゃんと今の今まで敬遠していた。

人いないじゃん!と言われそうだが、いない方向を向いて撮っている。


国語の教科書で見た波照間島の写真にそっくりだ。
やっと来たよ、波照間島な気持ちになった。


この砂浜の美しさ。

早速潜ってみた。

何か、魚がうようよいた。
いやん、これ、南国の海の素材画像とかであるやつやん!と大興奮した。

流石ニシ浜、格が違うぜ。

コバンアジと言うらしい。
ムニエルにすると旨そうだと思っていたが、ネットで検索すると塩焼きにしても旨いと出てくる。


後を追うように深いところを目指してみた。


サンゴ礁。


当時はこの透明度に感激していた。その青さにも。


見ての通りの珊瑚礁。ウミヘビもいたりする。

サンゴ礁を超えると一面砂地だった。


サンゴの側でフグか休憩していた。

こんなところまでラダマイスを持って行く勇気はなかったが、後年海龍カノンが潜りまくっている。
八重山の離島で泳ぐと沖縄本島や石垣では泳げなくなると聞いたことがあるが、確かにその通りだと思った。その後、小浜島で泳いだが、この透明度には出会えなかった。


ニシ浜最高でした!
今の今まで敬遠していてすんませんでした!

教訓、人のいる場所、人気のある場所は必ず理由がある。海難事故の可能性も考えて、なるべく人のいる場所で泳いだ方が良い。

宿に戻り、シャワーを浴びる。

「良かったやん、きれいな海で。…まあ、結構人死んでるけどな、あそこ」
私が訪れた一か月後ぐらいに修学旅行で訪れていた生徒が高波に攫われて死亡したと報道された。とても穏やかに見えたのでショックだった。
黒島の仲本海岸にして然り、人が多くなると言うことは必然的に事故も増えるのだ。

人が死んでいると言うことは、少なくとも事故の瞬間を目撃した人が周囲にいるわけで、人気のない場所で死亡したならばその事実すら認識されないだろう。

因みに、お月見ラダマイスを撮った砂浜の近くも、かつて殺人事件があったのだと言う。後で知ったよ。
波照間島は野宿が一切禁止だったが、事件がきっかけらしい。飽くまでも噂だが、野宿をしていた男が一人旅の女性を狙ったとかなんとか。
…しかし、気にしていたら何処にも行けん。

と、いう訳で石垣島へ帰還

シャワーから出た後は、夕方の船で石垣島に到着する。
さようなら波照間島、また来るよと言いたいが、何のかんので12年以上訪れていない。
多良間島は一年でリベンジしたのに。
なぜかと言うと、波照間島は当時からかなり人気のある島で、ハイシーズンなど店員オーバーで船に乗れないことがあったからだ。行けたとしても宿がとれる保証もないのでずっと尻込みしている。
翌年の2007年に八重山諸島に一か月滞在したが、生憎ハイシーズンだったのでいつ行っても船に乗れそうにないので行けずじまいだった。

今はもしかしたら安栄観光以外の他社が参入してずっと行きやすくなっているかもしれない。


因みに、波照間島行きの船は風があると結構揺れる。


相変わらず柵は鎖一本、クール。

見ての通り結構浅い。

そんなこんなで石垣港へと戻って来た。

私の中ではここの港は何時でも工事しているイメージがある。

その夜の宿は港の近くだった。
日が暮れて来たあたりでご飯を食べに周囲をうろついていた。どんな宿だったか、何の飯を食ったかは覚えていない。

フラッシュをたかないのぶれっぶれ。

何故に昔の旅行記は画像が小さいのかわかるだろう。


慣れて来たのか多少ブレはなくなったが、今度は構図が酷い。

五日目

いよいよ最終日。
飛行機が夕方に出るのでそれまでバスで白保に行って時間を潰すことにした。

バスの車窓から。
石垣と言えば川平だが、バスの本数が無いので断念。
2011年にレンタカーを借りて行った。


五月と言えど沖縄なので真夏日だ。人っ子一人いない。

バス停を降りて海岸まで歩く。

今ならマイス出して撮りまくっているが、当時はとてもできなかった。

そして、海に着いた。

グラスボートが出ているらしいが、閑期なので人数が揃わないと出ないらしい。
これまた無念

白保海岸はこのように広大な干潟があることで有名だ。
空港建設地となっており、反対運動が盛んだった。

時間帯と天候によってはウユニ塩湖のような「天空の鏡」ができるのだとか。

「これから干潮なので歩いてリーフにまで行ける」と現地の人に言われ、干潟をうろついてみた。

今日は泳がないのでレッツ干潟歩き。

場所によっては嵌るので注意。


八重山紀行の仲本海岸でも見たとか言わないでそこ。

お昼が干潮なのでこのような干潟が姿を現す。

リーフエンドはこちら。

グアムでリーフ外泳いで大変な目に遭った思い出。


当時は知らなんだが頑張れば「天空の鏡」を撮れそうだ。


…ド平日だからか、周囲に誰もいない。
モズク取りの現地人がいても良い筈だが…。モズク取りのシーズンではないのか…。

と、いう訳でラダマイスにご登場願った。

だが、岩のトゲトゲに苦慮書ておられる様子。
「いてて」

やっと落ち着いた…

ピントが合わねえ!


ここでもいいちこのポスター張りの背景とラダマを撮ろうと頑張っている。

そうか、引きにすれば撮れるか、

…なんか惜しい…。

その心中はきっとこう、

何故だと言うぐらい人がいないがそれもその筈。
現地人はこんな日差しの強い時間に外を出歩かないのだ。
こんな時間に外を出歩くのは観光客ぐらいで、それも自殺行為に等しい。


涼しげに見えるが海水も結構熱い。

写真では伝わらないが結構磯臭い。


ラダマの後頭部にピントが当たったバージョン。
以降の旅行記はこうして背景をぼかした状態で撮っている。

岩のトゲトゲが気になるが、ともあれリゾート気分。

ものが人形なので背景か人形かのどちらかにピントが絞られてしまう。


これがベストショットかと。

そろそろ飛行機の時間なので白保海岸を後にする。


素敵な景色をありがとう白保海岸。

そしてバスに乗って空港まで戻る。

沖縄あるある、川が普通にマングローブ林。

そして飛行機で伊丹まで戻る。

磯歩きをしたビーサンのまま飛行機に乗って、ビーサンのまま家に帰って来た。
飼い猫が熱心に磯臭い足を嗅いでいた。


そして、炎天下をビーサンのまま歩き回ったので足の甲を日焼けで火傷をしてミディアム状態となった。
その夏、ずっとサンダル焼けがとれなかった。


で、これがオマケの帰宅後のラダ様。
例の妙なお召し物は洗濯中。
首に一体何が巻かれているか、あまり深く考えない方が良い。
それにしても休暇の為に南国にまで行って、
余計に疲れて帰って来るなど一体どう言うことなのか。

以上が四泊五日に及ぶラダマイス波照間紀行です。
一体しか連れていないと、たった二ページで済むのか。
そして、マイス撮影事始めなので何かと不慣れな部分もあります。どうして初期は画像があんなにも小さいのか納得いくレベル。

そして、最後にもう一度言いたい。ありがとう、飛行機で一緒になった大阪のおばちゃん達!お陰様で滞在中ずっと晴れたよ!

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